盛岡藩家老 新渡戸傳によって開拓された三本木台地には、明治18年(1885年)陸軍によって軍馬局出張所が設置され、これは同29年(1896年)軍馬補充部三本木支部に発展しました。

 以降、三本木町は馬産の町として発展し、その物資、資材を運ぶために必要な鉄道の設置が期待され、大正3年(1914年)6月26日、福島県・青森県の株主による十和田軌道株式会社が設置されました。

 十和田軌道株式会社は大正6年(1917年)9月27日地方鉄道免許を得、10月23日十和田鉄道株式会社と改称、大正11年(1922年)9月4日、東北線古間木(現・青い森鉄道三沢駅)駅-三本木間に鉄道を開通させました。

 昭和26年(1951年)には電化され、社名も十和田観光電鉄株式会社と改名、同30年には東北地方初の全金属製の新車両を導入し、十和田湖観光の入口として多くの人々を運んできました。

 しかし、平成23年(2011年)3月11日の東日本大震災に伴う十和田湖観光客の減少により、経営が悪化、沿線自治体の財政支援も得られなかったため、今日21時三沢発、同31分十和田市着の最終列車をもって89年目の歴史に幕を下ろしました。(N.K)

※このコーナーは、かつて「青森今昔物語」に掲載されていたものの中から、ブログの更新が2014年以降ストップしていることもあり、主立ったものを関係者の承諾を得て、奏海HPに転載するものである。