気がつけば野苺の中(絵:張山嘉隆)

気がつけば野苺の中(絵:張山喜隆)

敵の飛行機が飛び去るのを、その場所で小一時間位隠れて過ごした。セツさんは、「テルさん、まだ出ちや駄目だよ。」と言って私を引き止めるようにしてしがみ付いていた。暫くすると小鳥の声がして来た、風のざわめきも聞こえて来た。私は、「もう大丈夫かもしれないね。」と言うと、セツさんは突拍子もない声で、「テルさん、この赤い実は何。」と常に乗せて間いて来た。それを見ると、筋子のように赤い粒粒の苗代苺の実だった。「野苺だよ。」と言うと、「食べられるの。」と聞いて来たので、掌の苺を取って食べて見せた。セツさんはそれを見て、自分でもそれを口に入れた。「酸っぱい。酸っぱい。」と言って笑った。廻りを良く見ると、その隠れていた場所は野苺の群落の中で、赤い実がいっぱい釣り下がっていた。顔を上げて又周りを見回すと、咲き遅れたのか、野花菖蒲の花も少し咲いていた。水田の向こうには水車小屋が見え、田んぼの上をツバメが虫を捕って飛んでいた。

二人は野苺を食べながらそこに座って、「何で戦争をしなければならないの。」と呟いた。セツさんは野苺をポケットにいっぱい取って、「腹が減っては戦は出来ぬ。」と言って笑った。その後今度は鉄道の上には帰らず、田舎道を物陰に隠れ、上空に注意をしながら野内村に向かった。そして村の小学校まで来ると、黒松林の間から実家が無事なのが確認できた。(聞き書き:張山喜隆)