主に青森市の古写真(絵葉書)や地図などを展示している、青森まちかど歴史の庵「奏海(かなみ)」の公式ホームページです。

リンク集

  • HOME »
  • リンク集

青森空襲を記録する会
悲惨で残酷な青森空襲の記憶を、風化させずに語り継ぐ事を目的に、1980年7月28日発足された「青森空襲を記録する会」のホームページです。

青森空襲被害地図
昭和20(1945)年7月28日夜、青森市はアメリカ軍機による空襲を受け、壊滅的被害を受け、1000人以上もの死者を出しました。この図は、空襲によって家屋などが焼失してしまったおおよその範囲を示したものです。如何に、アメリカによる空襲が凄まじかったかがわかります。赤色部分が炎をあげたかと思うとゾッとします。あなたが今お住まいの場所が、空襲時どうだったかを確かめてみるのも、歴史に思いを寄せるきっかけになるかもしれません。

青森古写真研究所
青森県内の古い写真について、収集・調査・研究をする「青森古写真研究所」のサイトです。

昭和29年青森市内地図
敗戦からわずか9年で、不死鳥のごとく復興した青森市の姿を地図でどうぞ。

こまきのいせきものがたり
青森市にある国史跡小牧野遺跡を紹介するホームページです。子供用もあります。

佐々木直亮「人々と生活と」
大正10年(1921)、東京三田に生まれた佐々木直亮(なおすけ)氏は、昭和18年慶應義塾大学医学部を卒業し、昭和29年(1954)弘前大学医学部助教授となった。津軽に赴任した先生は、自分の専門である衛生学で青森県民に貢献するためには、まず、そこに住んでいる人達の暮らしぶりを知ることが一番と、積極的に写真記録を撮り始める。生涯止むことなく撮り続けられた写真は、膨大なネガフイルム群(28000コマ超:2010年、青森県立郷土館に寄贈されました)として残された。特に、昭和30年代に撮影された写真群は、家庭にカメラが普及する以前の青森県人の暮らしぶりを伝える第一級資料と言える。写真群の一部は、昭和59年に医学関係者に配布された「人々と生活と」(弘前大学医学部衛生学教室 佐々木直亮 昭和59年7月27日発行)という写真集(約240枚収録)に収められている。

青森―橋―散歩
かつて、川の向こうには自分の知らない「別世界」が広がっていた。橋は、自分を向こうの世界に連れて行ってくれるあこがれの「舞台装置」だったような気がする。そんな橋も、今では自動車社会には無くてはならない存在となったが、それと反比例するように、橋に対する人々の思いは薄れてきたように思う。橋風景が変貌していく前に、現在のそのままの風景を少しでも記録に留めておこうと思うこの頃です。

青森競馬場跡地散策
人知れずひっそりと住宅街に残されている「青森競馬場跡地」の散策に出かけてみませんか。

青森市桜川界隈散策
青森市桜川界隈は、八甲田山系から流れ出る二つの河川ー荒川と駒込川に挟まれた一面の水田地帯でした。昭和30年代後半、青森市内では最初に団地造成がなされた地域です。40年以上の歴史を積み重ねてきた街の風景が大きく変貌していく前に、現在のそのままの姿を少しでも記録に留めておこうと思うこの頃です。

おじさんが子供だった頃
まずしかった生活が少しずつ豊かになり、将来に希望があった昭和30年代の野辺地町の雰囲気や生活の息づかいを感じとっていただければ幸いです。

青森ねぶた一覧(年代順)

青森ねぶた一覧(制作者別)

青森ねぶた一覧(団体別)

青森ねぶた一覧(題材別)

 

TEL 017-777-0856 開庵時間 10:00 - 17:00[月曜と第二日曜日・年末年始除く]

PAGETOP
Powered by WordPress & BizVektor Theme by Vektor,Inc. technology.