主に青森市の古写真(絵葉書)や地図などを展示している、青森まちかど歴史の庵「奏海(かなみ)」の公式ホームページです。

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2022年12月奏海月例会 CALENDAR 2023で見る「昭和の記憶」

収録日:2022年12月3日(土) 収録場所:青森市本町二丁目 青森まちかど歴史の庵「奏海」 講師:三上伸

板柳町の祭り

かつては盛大に行われていた祭りが、時代の変化と共にいつしか行われなくなり、人々の記憶から忘れ去られたものがあります。今回紹介する北津軽郡板柳町の40〜50年前の二つの祭りもそうです(「リンゴカーニバル」は、「りんご灯まつ …

戦前青森市主要通り・建物等解説(順不同/順次追加)

●青森駅 東北線が明治二十四年全通、停車場設置の候補が三ヵ所(現在の市役所、大坂町、旧浪打駅)があったが、いずれも地価の点で決まらず、ついに安方町の共有地にきまった。漁師町で町の西端の安方町が急に人通りが多くなり、繁華街 …

「青森セピア色の記憶」5ー十和田観光電鉄

 盛岡藩家老 新渡戸傳によって開拓された三本木台地には、明治18年(1885年)陸軍によって軍馬局出張所が設置され、これは同29年(1896年)軍馬補充部三本木支部に発展しました。  以降、三本木町は馬産の町として発展し …

「青森セピア色の記憶」4ー比羅夫丸

 明治41年(1908年)2月29日青森港に入港した青函連絡船比羅夫丸では、3月3日来賓80名を迎えて披露会が行われました。余興に一柳亭茶楽の落語、青森見番芸妓による「東北名物大黒舞」、青森芸妓申込方による寸劇「比羅夫丸 …

「青森セピア色の記憶」3ー昭和19年12月豪雪

人口30万都市としては世界一の豪雪都市らしい青森市(青森は本当に世界有数の豪雪都市なのか?)ですが、平成18年豪雪、昭和52年豪雪を記憶している市民は多いことと思います。 しかし、昭和20年(1945年)豪雪は生やさしい …

「青森セピア色の記憶」2ー青森桟橋運用開始

 明治6年(1873年)2月北海海開拓使は、外輪蒸気船「弘明丸」 で函館-大湊、函館-青森間の定期航路を開設しました。明治12年(1879年)6月この定期航路は、国内航路を独占していた三菱会社の経営となりましたが、明治1 …

「青森セピア色の記憶」1ー青森県庁開庁

 明治4年(1871年)7月14日明治政府は廃藩置県を断行し、旧藩を引き継いだ弘前県、黒石県、斗南県、七戸県、八戸県が成立、9月4日には松前の舘(たて)県をも合併、弘前県が誕生しました。  9月5日弘前県大参事となった野 …

「カラーで蘇る○○」動画の作成

 早稲田大学の研究者グループが、白黒写真に人工知能を使って着色する技術を公開してから、パソコンのレタッチソフトにも同じような機能がつき、私のような素人でも簡単にカラー化ができるようになりました。71歳の高齢者でも、これを …

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