主に青森市の古写真(絵葉書)や地図などを展示している、青森まちかど歴史の庵「奏海(かなみ)」の公式ホームページです。

奏海の会 活動報告

2017年活動報告

1、はじめに

人口減少が続き、活気が失われ手若者の減少が続く中で、青森の素晴らしかった歴史を知り、その中から良い所をこれからの街づくりに生かしてほしいとの願いを込めて、青森まちかど歴史の庵「奏海」を2013年(平成25年)8月1日に開庵しました。
以来、多くの方々から物心両面にわたるご協力を頂き、今日まで運営を行ってきました。
例会や展示会は例会で協議し、順調に進められるとともに、マスコミにも取り上げられ、市民の認知度も上がってきました。
このように会の活動の幅は、会員各位の努力により、確実に広がっています。また、市民から寄せられる情報も多くなり、同時に、マスコミを含め問合せも多くなっています。それらに応える体制作りと問題提起、財源の確保が課題となっています。

2、例会の開催

古写真や古地図、切手や絵葉書の蒐集、歴史に興味ある人たちが集まり、奏海の会を発足させ、会則を定め、一昨年の総会で、会長に相馬信吉氏、事務局長に今村修氏を、理事 室谷洋司、山内敏子、畠山光吉、平井克彦、監事 蝦名敏昭、笹田隆志を選出し、今年一年の活動を行ってきました。
主な活動の経過は、次の通りです。
(1)例会
第一回例会 1月 7日 ①藤巻健二写真集発行を決定
②1月から3月まで地図物語開催  11名参加
第二回例会 2月 6日 総会、報告・議案満場一致で決定。畠山光吉さん戦前世界地図、西の平井マッチラベル15名参加
第三回例会 3月 4日 ①川原田満有さん「青森の戦前戦後の暮らし」
②4月から6月「昔の子どもの遊び展」西沢赤子  14名参加
第四回例会 4月 1日 木村宏さん「柳町・青森の昔を語る」12名参加
畠山さん映画「明治天皇と日露大戦争」
第五回例会 5月 6日 寺山と太宰の跡をたどる集い 雨で中止 13名参加
第六回例会 6月 3日 宮本真澄さん(寺山の同級生)「昔の青森を語る」 14名参加
第七回例会 7月 1日 ①7月~9月「懐かしの蒸気機関車」11名参加
第八回例会 8月 5日 小牧野遺跡見学会          7名参加
第九回例会 9月 1日 林 広海さん「ねぶた師になるまで」10名参加
第十回例会 10月7日 油川イタリア館見学報告      10名参加
第十一回例会11月4日 金沢茂さん「寺山修司を語る」   13名参加
第十二回例会12月5日 相馬信吉さん「寺山修司を語る」   12名参加
忘年会   12月7日 笑顔亭本町。空襲を記録する会と合同15名参加

3、展示会の開催

①「青森市地図展」を開催(2017年1月4日~3月26日)
奏海で蒐集して来た明治から昭和までの青森市街図を展示しました。青森開港の1623年(寛永3年)から昭和までの地図を展示しました。とくに、明治43年5月の大火や青森空襲で市街地の90%が焼失したが、市民や全国の応援を受け、短時間で復興した青森市の様子が地図で見ることが出来、マスコミにも取り上げられ多くの市民が訪れ好評でした。
地図展をきっかけに、この住所の場所はどこか、このお店はどこにあったのかなど、多くの相談も持ち込まれ、嬉しい悲鳴を上げました。
青森開港以前から今日までの青森市の地図は、数多く発行されており、今後、これらの全てを蒐集・提供いただき展示することは、大きな課題と思います。
地図展は話題を呼び、その後、県立図書館で一部が展示されています。

②「昔の子どもの遊び展」を開催2,017年4月4日~6月28日
西澤赤子画伯が、東ロータリークラブの会報にカット絵を描き、それが1975年(昭和50年)に、「思い出の青森」カット集(50点)として発行されました。また、1974年(昭和49年)発行の淡谷悠蔵著「なつかしの青森」に、西澤赤子画伯がさし絵を担当され、どちらにも子どもたちの遊びが描かれていました。そこで、このカットとさし絵を活用し、更に、戦後の子どもたちの遊ぶ写真を追加し「昔の子どもの遊び展」開催しました。
野外で友達と遊ぶ生き生きとした姿を見るとき、街かどから子どもたちの声が消え、ゲーム機を中心とする屋内での一人遊びに変わった今の子どもたちの姿を悲しく思います。
遊びをみんなで造った時代と、与えられた道具で遊ぶ時代の差をつくづく感じました。
来場者は、年配者が多く昔の遊びに花が咲きました。

③「懐かしの蒸気機関車」を開催2017年7月4日~9月24日
機関車撮影マニアの樋口晃氏が、父の慶一氏が撮影した青森市内を走る蒸気機関車写真(昭和28年から46年度まで)を所有しており、提供をいただき「懐かしの蒸気機関車展」を開催しました。鉄道マニアである元機関士の森山歳次さんからD51のプレートやランタンなどを借用し、充実した展示となりました。
蒸気機関車が二連で堤川の鉄橋を走る姿は、人と物の輸送全盛期を物語るもので、青森市が戦後復興から立ち上がり、拡大を続ける当時を姿を写し出したもので、感動を受けました。
機関車が気動車へ変わり、その後電気機関車に変わり、蒸気機関車は姿を消し、今の若者達からは、青森市内を走っていたことすら忘れ去られてしまいましたが、戦後復興と躍進の象徴であったことを是非知っていただきたいと思いましたが、若者の来場者は少なく、年配の来場者が多かった。

④写真展「青森市映画館物語」2017年10月10日~12月28日
昨年、原田弘文さんと脇谷重光さんから、戦前の映画のチラシを寄付して頂き、マスコミにも取り上げられ、活用を考えていましたが、大柳繁造さんがチラシを活用して、戦前の映画館で上映された映画一覧を調べ上げて頂き、会員の畠山光吉さんがパンフレットやポスターなどの資料を提供していただいたこともあり、青森映画物語として青森市の映画館の写真、パンフレット、上映映画の写真などを展示しました。
また、展示中にパンフレットや写真を持参して頂いた方もあり、市民の協力により開催できた展示会でした。
テレビやビデオの普及により、多くの映画館は姿を消しましたが、今なおかつ根強い愛好者が居ることを知ることが出来ました。
市民の最大の娯楽であり、当時の流行や文化などに大きな影響を与えた青森の映画館の歴史を正しく伝える努力を今後も続けたいと思います。

4、資料の提供・活動の連携

活動が知られるようになり、資料の借用申し込みや活動の連携などが進みつつあります。映画「八甲田山」の写真貸出、ねぶた資料や地図の県立図書館での展示や青森大学ソフトウエア情報学部との「青森街歩き歴史アプリ(仮称)」作業、市民提供の映像・写真の公開、ホームページ活用などがあり、今後、体制づくりが必要です。

5、藤巻健二写真集の発行

写真家藤巻健二さんが撮影したネガが大量に保管されており、この中から主な写真を選び出し、写真集にする作業が会長を中心に進められ、青森学術文化振興財団の補助金を得て今年3月には発行する予定です。今後とも、こうした出版物の発行に努力したいと思います。

6、まとめ

庵を立ち上げ一年4ヶ月、会をつくり2年、無我夢中で走り続けてきました。
この間、多くの人々と交流を深め、多くの資料も市民から寄せられ、ご協力を頂き、学びさせて頂き本当にありがとうございました。
奏海の会の活動が広まれば広まるほど、期待と責任も大きくなります。そのことを自覚しながら、今年も活動を進めたいと思います。
故きを温ねて新しきを知るが、最近の口癖となりましたが、青森をつくりあげた先人の功績を一つ一つ掘り起し、これからの街づくりに活用して頂くため 努力を続けたいと思います。
急がず、慌てず、じっくり、どっしりと構えて、歩を進めたいと思いますが・・・ ・・・・残された時間が少なくなっていますが、努力します。

2016年活動報告

1、はじめに

人口減少が続き、活気が失われ手若者の減少が続く中で、青森の素晴らしかった歴史を知り、その中から良い所をこれからの街づくりに生かしてほしいとの願いを込めて、青森まちかど歴史の庵「奏海」を2013年(平成25年)8月1日に開庵しました。
以来、多くの方々から物心両面にわたるご協力を頂き、今日まで運営を行ってきました。
例会や展示会は例会で協議し、順調に進められるとともに、マスコミにも取り上げられ、市民の認知度も上がってきました。
このように会の活動の幅は、会員各位の努力により、確実に広がっています。また、市民から寄せられる情報も多くなり、同時に、マスコミを含め問合せも多くなっています。それらに応える体制作りと問題提起、財源の確保が課題となっています。

2、例会の開催

古写真や古地図、切手や絵葉書の蒐集、歴史に興味ある人たちが集まり、奏海の会を発足させ、会則を定め、昨年の総会で、会長に相馬信吉、事務局長に今村修を、理事 室谷洋司、山内敏子、畠山光吉、平井克彦、監事 蝦名敏昭、笹田隆志を選出し、今年一年の活動を行ってきました。
主な活動の経過は、次の通りです。
(1)例会
第一回例会 1月19日 河北新報 横川記者「南東北から見た青森」 12名参加
第二回例会 2月 6日 総会、畠山光吉ムービー上映  17名参加
第三回例会 3月 5日 稲田よしえさん 「聖マリヤ幼稚園の寺山修司と青森空襲」 15名参加
第四回例会 4月 2日 佐藤良宣「鉄道開業前の東京・青森間の旅」12名参加
第五回例会 5月 7日 13名参加
第六回例会 6月 4日 中澤寛将さん 「周縁」の考古学―東北北部と日本列島対岸との比較―」 12名参加
第七回例会 7月 2日 11名参加
第八回例会 8月 6日 後藤公司さん 「跳人から見た青森ねぶたの今」15名参加
第九回例会 9月 3日 10名参加
第十回例会 10月2日 工藤友哉さん 「青森ねぶたの伝統を考える」 15名参加
第十一回例会11月5日 今村修「青森水道物語」 12名参加
第十二回例会12月5日 鈴木明寛さん(紀行画家) 「古民家物語」13名参加

3、展示会の開催

①写真展「映画八甲田山展」を開催(2016年1月6日~3月31日)
映画八甲田山の主役を努めた高倉健没後一年、写真を撮影した藤巻建二さんの傘寿祝として、「映画八甲田山展」を開催いたしました。
昨年に引き続き2回目の開催ですが、マスコミの報道もあり、高倉健のファンの人達や、当時、エキストラとして映画に出演した人達、雪中行軍の歴史を研究している人達などが訪れました。
「映画八甲田山」は、青森の歴史を語る物語であり、これらの写真や資料は、後世に正しく伝える必要がありますが、保管し公開できる仕組みが必要です。
そのためには、個人などでは困難であり、公立での体制づくりが必要であります。これらは、今後の課題です。

②「あおもりなつかし写真帖」展(2016年4月5日~6月25日)
「史上再積雪」と米国で発見「大工町幼稚園写真展」併設
2015年4月から2016年3月まで、東奥日報の金曜日夕刊に25回に亘り「あおもりなつかし写真帖」を、会員が分担して連載しました。
これらの写真は初公開のものも多く、大きくして展示してほしいとの要望が寄せられ、写真展を開催したものです。
また、1945年(昭和20年)1月の史上再積雪の写真と、アメリカで発見された「大工町幼稚園」の写真を展示しました。

③「写真でたどる青森ねぶた」展 2016年7月5日~9月24日
ねぶた祭は、年間260万人の観客を集める観光イベントとなっていますが、ねぶたの由緒、沿革、歴史を古写真でたどり、祭りのあり方を考えて頂くことを願って、歴代名人が制作したねぶた写真などを展示いたしました。展示にあたり、藤巻健二、安田城幸、山内久一郎、神俊一、武田安彦の各氏をはじめ、多くの方々にご協力を頂きました。
会場には、ねぶた愛好者の方々が訪れ、ねぶた談議に花が咲きました。

④写真展「青森水道物語」  2016年10月4日~12月28日
全国で13番目につくられた水道の歴史を振り返り、先人の労苦とともに、街づくりへの意欲・情熱を知って頂き、これからの青森市建設の参考になることを願って開催 しました。
悪水の井戸や、火事、伝染病に悩まされた人々は、全国に先駆けて水道の建設に乗り出し、明治に入り全国初の水道が実現することになりましたが、ある事情で中止され、結果として13番目となりました。
しかし、年間予算の10倍を投じての大事業に取組んだ当時の人々の英断に頭が下がります。宣伝が不十分で、来場者は少なかった。

4、上映会などの活動

濱町・浦町神明宮の講演会を2月27日に坂本則秀さんが講演しました。また、戦前の9ミリフイルムが階上家から提供されたこともあり、喜子カートライトさん提供のフイルムとともに上映会を4月15日に開催しました。
私たちのところに集まってくる写真や資料を、どのようにして公開するか、多くの市民に知っていただくか、マスコミの協力を得るのは当然として、私たちの大きな課題です。

5、ホームページの開設

「奏海」のホームページが、会員の津田大地さんの協力により、新しく開設されました。心から感謝致します。多くの情報を発信するとともに、情報の収集に活用していきたいと思います。

6、まとめ

庵を立ち上げ3年6ヶ月、会が発足して3年、無我夢中で走り続けてきました。
この間、多くの人々から資料の提供をいただき、交流を深め、ご協力を頂き、学びさせて頂き本当にありがとうございました。
故きを温ねて新しきを知ること、先人の功績を一つ一つ掘り起し、これからの街づくりに活用して頂くことを目指して、活動を続けてきましたが、まだまだ、不十分な気がしますが、最近、色々の問合せが多くなり、私たちの活動が、徐々に浸透し始めて入ることを感じています。
これからも、急がず、慌てず、じっくり、どっしりと構えて、歩を進めたいと思います


 

2017年活動方針

(1)例会の開催
毎月第一土曜日午前10時

(2)展示企画
3か月に一度展示内容を変える

(3)役員会開催
毎月の例会を役員会とし、展示計画など会の具体的活動内容について協議決定する。

(4)訪ねる集い、講演会の開催
活動内容を広く市民に知って頂くため、開催を企画する。

(5)県内私的展示館交流会の開催
県内で活動する私的展示館の情報・交流を図る目的で交流会の開催を呼びかける。

(6)会員拡大と財政確立について
① 会員を100名にする。
② 賛助会員の拡大と財政確立

(7)NPO法人に切り替える
社会的認知度を高めるため、NPO法人とする。

2015年活動報告

1、はじめに

人口減少が続き、活気が失われ手若者の減少が続く中で、青森の素晴らしかった歴史を知り、その中から良い所をこれからの街づくりに生かしてほしいとの願いを込めて、青森まちかど歴史の庵「奏海」を2013年(平成25年)8月1日に開庵しました。
以来、多くの方々から物心両面にわたるご協力を頂き、今日まで運営を行ってきました。例会や展示会は例会で協議し、順調に進められるとともに、東奥日報夕刊に月二回「あおもりなつかし写真帳」のコラムを載せることが出来ました。
このように会の活動の幅は、会員各位の努力により、確実に広がっています。また、駅前の再開発をめぐって、過去の歴史を参考にしない対応が報道されるため、青森市長に申し入れを行いました。しかし、活動が進むにしたがって、活動に対する問い合わせや要望も多くなっており、それに応える体制作りと財源の確保が課題となっています。

2、例会の開催

古写真や古地図、切手や絵葉書の蒐集、歴史に興味ある人たちが集まり、奏海の会を発足させ、会則を定め、昨年の総会で、会長に相馬信吉、事務局長に今村修を、理事 室谷洋司、山内敏子、畠山光吉、平井克彦、監事 蝦名敏昭、笹田隆志を選出し、今年一年の活動を行ってきました。

主な活動の経過は、次の通りです。
(1)例会
第1回例会 1月10日 県立美術館企画課長池田亨さんの「太宰治をめぐる美術家たち」のお話し 12名参加
第2回例会 2月 7日 総会 19名参加
第3回例会 3月 7日 村上亜弥 「文教地区松原町会のお話し」 10名参加
第4回例会 4月 4日 相馬信吉「戦後青森復興物語」 17名参加
第5回例会 5月 2日 室谷洋司 「青森雪形物語」  14名参加
第6回例会 6月 6日 笹田隆志 「森鴎外と青森市」 11名参加
第7回例会 7月 4日 今村修 「禁じられた避難と防空法」 14名参加
第8回例会 8月 1日 畠山光吉 「ムービーで見た戦後の青森県」 9名参加
第9回例会 9月12日 鈴木和子さん(埋蔵文化専門家) 「市浦・福島城物語」12名参加
第10回例会 10月 3日 相馬信吉「なつかしのマッチ物語」 14名参加
第11回例会11月7日 成田敏さん(民俗学研究者)「民俗学から見た青森ネブタ」15名参加
第12回例会12月5日 竹浪比呂央さん(ねぶた師) 「青森ネブタ師を目指して」 14名参加

3、展示会の開催

①写真展「堤川物語」を開催(2014年10月28日~12月29日)
奏海の会会員が分担して開催したもので、堤川を中心に発展した青森の歴史や、川の変遷、架けられた橋の歴史、名所としての風景などが展示され、母なる川としての役割がわかる内容となっています。残念ながら、度重なる洪水被害のため護岸工事が行われ、コンクリートで固められて、川と人間の触れ合いが無くなりましたが、母なる川として人間と触れ合い、鮭が上り、名所として復活出来る事を願うものです。
開催期間を、10月28日から2015年3月29日までと、これまでの展示より長くし、じっくり次の展示を検討することにしました。
特に、マスコミが興味を抱く資料もないため、報道も少なく、来場者は少なかったが、映画「八甲田山」の展示で補われました。

②名優高倉健さん追悼 映画「八甲田山」藤巻健二写真展(2014年12月5日~3月29日)
堤川物語の展示をはじめてから間もなく、名優高倉健さんの訃報が報じられられましたが、青森県を舞台にして制作された「映画八甲田山」の主役として、県民に慕われた方なのに、どこからも追悼の行事の声がないため、当時、スチール写真担当で参加した写真家藤巻健二さんの手元に残されていた、写真を活用し、「名優高倉健さん追悼 映画八甲田山」藤巻健二写真展を開催することとしました。展示場所が狭く、当初、写真25枚を展示し、12月5日から28日まで開催としましたが、多くの方々が訪れて頂き、堤川物語と同じく2015年3月29日まで延期しました。

③青森市戦後復興物語 2015年4月1日~6月28日
戦後70年目となり、焼土の中から立ち上がり復興した様子を知って頂くため、戦後復興の写真を集めて展示しました。短期間んで復興した青森市の様子を写真で見て、来場した多くの人達は当時の人たちの熱意にビックリしていました。
戦後70年という事もあり、マスコミの報道も多く、来場者も多く復興期の青森を知って頂きました。機会を見つけて再度展示会を開催したいものです。写真提供にご協力を頂きました、藤巻健二さん、平井克彦さん、平井潤治さん、青森市に感謝申し上げます。

④「禁じられた避難と防空法」2015年7月1日~9月27日
戦後70年を経過して、青森空襲や全国の空襲で多くの市民が避難せず、犠牲になった原因の一つに、同時の防空法の存在が明らかとなった。防空法では、市民は都市から避難せず、都市を守る義務があり、空襲があったら消火作業に当たるこが定められ、消火困難な場合は防空壕に退避することが認められていた。
そのため、防空演習が頻繁に行われていました。青森でも当時の東久邇宮防空司令官を迎えての防空訓練などの写真が残されており、これらを活用しての展示会を行いました。マスコミ各社の取り上げ方も大きかったので、多くの市民が来庵しました。

⑤「なつかしのマッチ物語」2015年10月1日~12月27日
会員の平井克彦さんが、市内商店等のマッチを大量に保管していることを知り、百円ライターの出現で消えていったマッチ展を、会員の協力で行うこととなりました。各商店等が独自のデザインで工夫したマッチを芸術品でもあり、電話の局番で年代を知ることが出来、それぞれの商店等、青森市商店街の発展の歴史を知ることも出来る貴重な資料でもありました。
また、一個のマッチが寺山修司に繫がるなど、それぞれ多くの物語を語ってくれました。
さらには、開催中、多くの市民から多くのマッチの提供を受け、今後の活用に宿題を与えられた展示会でした。

4、青森市への申し入れ

連日のように青森駅前再開発が市議会でも議論され、報道され続け、前市長時代からの駅前再開発計画を実行すべきとの主張が行われました。
とくに、現駅を跨いで東西をつなぐ橋建設には百億を超える費用が掛かり、新町を中心市街地と位置づけ、この計画をそのまま進めるのには疑問があり、市長に申し入れを行いました。

5、まとめ

庵を立ち上げ一年4ヶ月、会をつくり一年、無我夢中で走り続けてきました。
この間、多くの人々と交流を深め、ご協力を頂き、学びさせて頂き本当にありがとうございました。
故きを温ねて新しきを知るが、最近の口癖となりましたが、青森をつくりあげた先人の功績を一つ一つ掘り起し、これからの街づくりに活用して頂くため 努力を続けたいと思います。
急がず、慌てず、じっくり、どっしりと構えて、歩を進めたいと思いますが・・・ ・・・・残された時間が少なくなっています。努力します。


2016年活動方針
1、今年度の活動計画
(1)例会の開催
毎月第一土曜日午前10時

(2)展示企画
3か月に一度展示内容を変える

(3)役員会開催
毎月の例会を役員会とし、展示計画など会の具体的活動内容について協議決定する。

(4)会員拡大と財政確立について
① 会員を110名にする。
② 賛助会員の拡大と財政確立
③ 庵の光熱水費等の支援を目指す


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