棟方志功生誕120年を迎える2023年。 同年度末で青森市の棟方志功記念館が閉館し、作品は県立美術館に移すという報道を知り、残念に思った。昨年9〜12月、岩手県一関市博物館で「棟方志功展」が開催され、久しぶりに私が好きな「日の出の柵」と「日没の柵」をうれしく拝見した。 心を揺さぶられる作品の数々。青森から出た「世界のムナカタ」らしく思う。
神奈川県鎌倉市の棟方板画美術館は2011年に閉鎖し、2012年志功記念館と合併。多くの作品が移された。志功の名を冠す青森にあって当然。 閉館のニュースに驚き、夫と経営するつがる工芸店への来客は「記念館をなくしていいのか。どうなっているんだ」と口々に話す。
昭和年代、志功は毎年のように来県し、県内各地を巡った。 酸ヶ湯温泉、浅虫温泉や私の実家にも立ち寄った。 父の友人・志功のにぎやかな声が外から聞こえると、私たち3姉妹が「棟方さんが来た!」と騒ぐ。父は「お前たちが気安く言うような人ではない。 百年に一人出るが出ないかのすごい人なんだ」と言った。志功は子どもたちには普通の、優しいおじさんだった。 志功の名を冠した館の存続は、青森県民の志功作品への熱い思いではないか。 青森の風土や人、仏様を作品に表し、世界へ飛び、青森を思い続けた作家は他にいないと思う。(青森市・會田美喜・78歳)
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