♪えぶり摺りの藤九郎が参って候 前田千刈後ろ田千刈 合わせて二千刈の御田の大水口からスッポリコと植えて申したりやい・・・・

 〝えんぶり”の威勢よい詞が、家の門口にいて、八戸地方に春を呼ぶ。太夫の独特な衣装と烏帽子が〝えんぶり”の長い伝承の重みを見るものに伝えてくれる。

 ことに色彩やかな図柄、独特な形態、農耕の神がやどるとしで、ふだんは床の間や神棚に奉られる烏帽子は祭りの象徴だ。この特異ともいえる形態は、馬と深く関わって来たこの地方ならでは、馬の頭に由来し、てっぺんから後ろへの五色のタテガミ状の綾に神がやどるという。だから烏帽子をかぶる太夫は、田の神であり、馬であり、農民でもある。

 烏帽子は、三人または五人の太夫の烏帽子で一組の絵になっており、太陽と月、宝づくし、松竹梅、はつらつとした農民、めでたい動物などの絵が、豊作を願う農民の切なる気持ちを厳粛に伝えてくれる。

 烏帽子の製作は、まずボール紙、布、和紙で固めて原形を作り、胡粉を塗る。絵付けは下書き、顔料での彩色、墨入れ。そしてニス塗りだが、一回ごとに自然乾燥し二十回以上繰り返すので、完成まで十ヶ月も時間を要する。最後に前髪、たで髪など飾りつけて完成だ。

 製作は、八戸市の木村義男さん(七十六歳)ただ一人が守り、作り続けてきたが、最近ようやく他にも幾人かが製作するようになり伝統の業は受け継がれようとしている。

 ♪松の葉をば手に持ちて祝ひなさるものかなハアヨイワサー・・・・・・〝えんぶり”の後ろに春は来る。(成田敏/民俗研究家)

【えんぶり】 八戸市、三戸、上北地方で二月に行われ、鎌倉時代から伝承された豊年祈願の民俗芸能祭。親方、太夫、囃子方、歌い手、旗持ちで構成され、三十組ほどが、門打ちしてまわる。田を摺りならすエブリ(朳)などを手に持つことから〝えんぶり〟との名称になったという。国重要無形民俗文化財。

※このシリーズは、かつて「あおもり草子」に連載されていたものです。筆者の成田敏さんの許可を得て、文章をデジタル化し、掲載しています。写真は手元にあるもの(撮影:野坂千之助 昭和30年 八戸市内/演者が頭にかぶっているのが、烏帽子です)と置き換えています。