その本は発売前にもかかわらず、ある大手通信販売サイトに予約が殺到した。誰も本の中身を見ていないにもかかわらず、出版前の2020年6月29日に増刷が決まる。1ヶ月後の2020年7月30日、その本は予約者の前に初めて姿を見せた。庭田杏珠・渡邉英徳両氏による「AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争」(光文社新書)である。戦前の白黒写真とAI(人工知能)を使って自動カラー化し、手作業で補正したカラー写真等が合計355枚、時系列に並べられた写真集。


 著者の一人である庭田さんは現在、東京大学2年生、共著者の渡邊先生のお弟子さん。広島市内の平和教育を積極的に行っていた中学校へ進学し、渡邊研究室が制作した多元的デジタルアーカイブズである「ヒロシマ・アーカイブ」に出会う。これは広島原爆の体験談、写真、地図等を、今の航空写真、立体地形と重ねあわせ、3次元的に閲覧できるすぐれた道具立てである。これに刺激を受けた庭田さんは、「作る側になって、もっと進化させたい」と決意し、原爆被爆者の証言を記録し続けた。更にAIを使って自動カラー化技術も習得し、この本にその成果を結実させた。


 共著者の渡邉さんは東京理科大学建築学科出身で、47歳の異色東京大学教授。情報デザインとデジタルアーカイブによる記憶の継承のあり方についての研究を進めている。AIを使って白黒写真を自動カラー化し、人々の意識の奥底に沈殿している記憶を掘り起こす「記憶の解凍」の提唱者でもある。白黒写真から感じる遠い過去の出来事との印象を、着色することによって時間差を取り払い、「今っぽい写真」に変える魔法のような仕掛けである。私も実際に何度かやってみた。カラー化された戦前写真を見た3人の方、その場で「記憶の解凍」が始まり、私が質問するまでもなく、思い出話に花が咲いた。これは自分の脳を活性化させる道具としても使えると思った。


 そうだ、書き忘れたことがある。355枚の写真の中に、1枚だけ青森市関係の写真がある。青森市民の約4割がその歴史的事実を知らない。それを見つけたら、そこからあなたの「記憶の解凍」への第一歩が始まる。(相馬信吉/青森まちかど歴史の庵「奏海」の会会長)