映画「つつんで、ひらいて」は装幀家、菊地信義さんと造本に携わる人たちのドキュメンタリーなのだが、一冊の本を創り上げる奇蹟のような手業に魅せられ、強く心に残る作品だった。

 本は多面体だと思う。読まれるべきものではあるが、その成り立ちを考えると手にとるきっかけにデザインや手触りなどパッケージとしての要素を挙げる方も少なくないのではないか。さらには、作品を読み込みそのイメージを本のカタチに「拵え」、「言葉を五感へとどける」装幀家自身の文章が魅力的なのは当然のようにも思う。その多くはデザインに関したエッセイだが、物語で忘れられない作品が、装幀家で写真家でもある坂川栄治さんの「遠別少年」(リトル・ドッグ・プレス刊)だ。

 北海道の最北端にほど近い遠別という町の、厳しくも美しい自然のなかで少年時代を過ごした坂川さんの自伝的連作短篇の物語だが、同じ時代を北の国で過ごした共通項もあり、私にとってはもう一つの回想記のようでもあった。町内のあちこちには上映中の映画のポスターが貼られ、一晩で玄関が塞がるほどの雪が降り、馬橇がゆっくりと通りすぎる。春が待ち遠しいのは短靴が履けるから。    

 一方で大人と暴力への恐れ、自然の残酷さと命の脆さ、性への戸惑い。ひとつひとつの体験が人生儀礼のようだ。しかし、むきだしの世界を突きつけられる理不尽さに翻弄されながらも、成長の予感をはらんだ種が少年の中でふくらんでゆくのも感じられる。「少年」という言葉のひびきの愛おしさ。あたかも十代の坂川少年が書き記したかのような切ないほどの臨場感。映画のスクリーンを通して紙の手触りが直に伝わってきたように、少年の対峙したすべてが生々しく感じられ、ひき込まれずにはいられなかった。

 この作品が発売された際、本の帯には「この作家はそう遠くない将来、日本のサリンジャーになるかもしれない」というある小説家の惹句がそえられていた。本は帯を捲かれることで整う。(三浦順平/古書らせん堂)