青森市民にとって八甲田山はふる里のシンボル。ヤマセ(偏東風)から守ってくれ、残雪は日本一美味しいといわれる水を恵んでくれます。この冬のように雪が大変ということがあっても、苦あれば楽ありで、春がくれば自然の恩恵を享受できるのです。

 雪で真っ白だった八甲田山も、五月に入ると日に日に溶けて山容がまだら模様になっていきます。八つの峰々には頂や谷間があり、そこに残雪が毎年毎年、おなじ形を見せてくれます。これを「雪形」と呼んでいます。昔、農家の人たちはこれを見ながら作業の時期を測り、豊凶を占いました。

 五月下旬から六月になると、写真1のように右から「種まき爺」、「牛クビ」、「蟹ハサミ」、「三本鍬」の雪形が現れます(イラスト参照)。これらは、その年の積雪量や初夏にかけての天候具合で、早い遅いの違いがあっても、同じような形の推移を見せます。

 写真2に掲げたのは、ずっと昔の今から二〇〇年以上前に、江戸時代の紀行家・菅江真澄が青森周辺を歩き、描いた八甲田山図(寛政八年・一七九六年)です。雪形を黒く浮き出るように示しています。図の右上には、毛筆で説明文があり要約すると、「この峰に種蒔老翁,蟹このはさみ、牛の頭などという春の残雪が見える。苗代をまくころ、山に種蒔老翁といって人のたっている姿、蟹このはさみに見えるころ田をかきならし、牛のくびに見えるころ、早苗をとって植える。農耕のそれぞれの季節に、残雪がそれぞれのかたちであらわれる。」

 時代が移り戦後になってからは農業の技術が発達し、種蒔きから田植えなどの作業はその年々の気候に関わりなく進められるようになりました。農家の人、都会のひと、「雪形」が伝えるメッセージは、人々の暮らしのありようで意味合いは変わっていきます。皆さん、このような気持ちで八甲田山の残雪から、それぞれの季節を感じとってください。(室谷洋司)

※このコーナーは、2021年11月から月刊「エー・クラス」青森(青森市内全戸配布フリーペーパー 約14万部)に連載を依頼され、7回まで続けてきました。しかし、コロナウイルス感染拡大で広告が思うように取れず、休刊することになったようです。せっかく始めた企画なので、電子媒体は左程経費もかからないので、このコーナーは暫く続けてみることにしました。