主に青森市の古写真(絵葉書)や地図などを展示している、青森まちかど歴史の庵「奏海(かなみ)」の公式ホームページです。

ブログ

【タイムトラベルあおもり】02.菅江真澄が見た220年前の風景 青森市高田の“つむれ”は、今

江戸時代後期の旅行家・菅江真澄は、北海道や東北地方を歩き多くの日記を残しています。今から220年前の寛政8(1796)年、真澄は青森市周辺 の村々を巡っていました。桜が満開の季節で、土器の出土で当時からその名を知られてい …

【あおもりなつかし写真帖】第3回「弘大医学部発祥の地 校舎活用 何度も転用 」(2015年5月8日)

この写真は昭和38(1963)年12月に青森市松原地区で撮影されました。右手に写る線路は昭和43(1968)年までこの地区を走っていた東北本線で、現在は跡地が遊歩道緑地となっています。左手に見える建物は、青森市立松原中学 …

【あおもりなつかし写真帖】第2回「戦後復興する青森市 本格的な車社会へ」(2015年4月24日) 

上の写真は昭和20年代末に、青森市栄町の国道4号に面していた店先を撮影したものです。「新学年用品大売り出し」の看板が見えますから、雪が溶けて間も ない3月後半頃でしょうか。学生帽やカバンなどを買い求める人々で賑わっていま …

【あおもりなつかし写真帖】第1回「戦前の東奥日報社社屋 洋館風 空襲で焼失」(2015年4月10日)

平成27年4月から平成28年3月まで25回にわたって、東奥日報社の金曜日(毎月第2・4)夕刊に青森まちかど歴史の庵「奏海」の会会員が中心になって、「あおもりなつかし写真帖」と題し連載したものです。 2階建ての軒先から垂れ …

【タイムトラベルあおもり】01.青森市晴雄橋(はれおばし)

駒込川にかかる晴雄橋(はれおばし/桜川~松森)は、明治年間に青森歩兵第五連隊(場所は現在の県立青森高校)によって、浪打にあった練兵場へ通うためにかけられた古橋。そのことから、「軍隊橋」とも呼ばれていた。明治35(1902 …

八甲田山へ行った

空襲展など夏の忙しい時期が終わり、久しぶりで山に行った。天気予報では晴れることになっていたが、予報が外れ、八甲田山に初雪が降りびっくりした。ロープウェイで田茂萢岳から毛無岱に抜けたが天候は段々と悪くなり、雪がぱらつき毛無 …

写真展「青森市水道物語」がはじまりました。

青森の街をつくった人達は凄いなー 水道だって全国で13番目に出来た。最初の計画とおりつくっていれば、全国で最初に出来た水道になったのに残念。それにしても、市の年間予算の10倍の費用をつぎ込んだと言う。今の人達は、その遺産 …

明治時代の青森市での水道工事のようす

5月2日 北海道新幹線に乗車

5月2日 大型連休で、花見や旅行、帰省客が列島中を走り回っていると報道される中、あやかった訳ではないが、新青森駅から北海道木古内駅まで新幹線に乗り、グループ9人で松前の桜祭りに出かけました。 新青森駅から木古内駅までは約 …

« 1 7 8 9
PAGETOP
Powered by WordPress & BizVektor Theme by Vektor,Inc. technology.